2009年1月31日土曜日

Priviあーまたわがんなぐなった

いやー高校のときは一番得意な教科は英語だったんだけどなー。ワタシにはここ数年来いつもスペルを忘れてしまう単語がいくつかある。ここ数年来ってきわめて具体的に言うとMySQLの勉強を初めて以来だ。

それはGrant all p
p
privilegesだ。
今メモ帳にメモしておいたのをもう一度見直して書いた。

ズヴォラな上にプロダクション環境でデータベースを使うことのないワタシはすぐnonikoユーザにall privilegesを与えようとするわりにはこのスペルをいつも忘れてprevillegesとかprivillagesとか書いてしまい、Syntax Errorをつきつけられる。

たぶん、コレ、発音したことがないからだ。ていうかこれに対応する「カタカナ語」を見たことがないからだ。

プリヴィレジズ?
プリヴィリジズ?

なんか小さい頃ヴィレッジシンガーズというグループサウンズが好きだったせいかことさらにlを重ねたくなるらしい。そして自分に対して不当な自信を持つかと思うと妙に懐疑的になることもあるワタシは、この件に関しては妙に懐疑的であり、そういや以前も「privilegesのlは重ねない」と確認したはずだったがそれが確認間違いでやっぱり重ねるんだったんじゃないかとか、今もメモ帳に書いてあるこのスペルホントに正しく書いたかどうかやや自信がない。あと好きだったグループサウンズはヴィレッジシンガーズだと思っていたけど本当はパープルシャドウズだったかも知れない。

しかしもし英語の正確な発音を知ったとしてもなんかきっと「プエヴィアジャズ」みたいなキザたらしい発音なんだろうなこれ。と思うと知りたくない気がする。

要するにこの単語嫌いだ。いったいモンチーさんはなぜこんな妙な単語をコマンドに使うことにしてしまったのだろう。今からでもパーミッションとかアドミッションとかもっと書きやすく読みやすい単語に変えて欲しいものだ。

あとlisenceだったかlicenseだったかもいつも忘れる。コドモのころ「非情のライセンス」というドラマが好きだったこととは関係ないらしい。

2009年1月30日金曜日

再配達

ハイ今日の試験ガンバリました。3教科受けたけどむづかしかったヨ。説明の文とか図とかたくさん書かなきゃいけませんでした。でもこれまで講義を受けた俺の全てを答案に書き込んで出しました。えらい勘違いとかも「全て」に含まれているかも知れませんが。

夕方うちに帰ったら配達の不在通知が来ていました。
再配達の依頼をしなければなりません。これ、ぜぇたく言って恐縮だが結構めんどくさい。そして近頃気づいたのだが、インターネット経由でフォーム送信するより電話それもケータイではなく加入電話のプッシュボタンがワタシには一番やりやすい。

いや、最初は電話のとこ行かなくてもいいし、全ての情報をゆっくり入力して一気に送信できるインターネット受付は便利だわぁー奥様と思っていたのだ。だが実は、全ての情報をひとつのフォームに入れるというのは、全てのデータを確認しなければならないので、見落としやすい。

「お届け番号」のようなシリアルナンバーを誤送信して再配達が受けられなかったことが2度程ある。「おい指定時間に来ねぇじゃねぇかざけんなこのタあれっそういえばホントにこのシリアルナンバーちゃんと入力したっけかんんーなんか違っているような気がするもう一度送信してみよう」と同じフォームを開くと、ブラウザが前回の入力を覚えてくれていて最初の2字あたりで出てきた補完データを見たらバッチリ間違っていたことからそれは明らかになった。そこで何事もなかったかのように正しい番号を再送信したら何事もなかったかのように受け付けられ、何事もなかったように新しく指定した時間に配達されたので何事もなかったように受領印を押した。

だけどそれってさあー再配達受付さんのほうもユーザIDと受付番号と照合して合わなかったらエラーにしてくれるとかさぁーやってくれりゃいいだろうと思うんだけどきっと圧倒的な宅配のトラフィックに比べてオンラインの再配達ってものすごく少ないだろうから、きっとフォームデータは文書で出力されて担当の人が配達の人に渡すだけなんじゃないのかなと想像している。想像だけど。

そこいくと電話だと、ひとつひとつ自動音声さんがきいてくれる。「お届け番号はナニナニですね」と確かめてもくれる。加入電話だと受話器をアゴにはさんで応答をききつつ不在通知を左手に持ち確認しつつ右手でボタンを押せる。
大変おもしろいことに、表示された二つの数字を目で比較するより、ひとつひとつ読まれた数字を目で見た数字と照合するほうが確実な気がするのだ。きっと同じ数字を目で比較するときは二つの情報は同時ではなく微妙なタイムラグを持って頭の中に入ってくるのだろう。入力経路が同じだから。

さらに最近の電話機はボタンを押すとやはりおねいさんの声で「きゅう」「はち」とか言ってくれるので、自分が今どのボタンを押しているかはっきりする。アレ、じゃまだと思うひともいるかもしれないけれど、実は大変ありがたい機能なのでうちでは有効にしている。おねいさん声だし。あれがオッサンの声だったらイヤかもしれないが。

そんなわけで今日も電話で再配達依頼をしたが、もう何度かやって慣れているのでガイダンスが終わらないうちに押しちゃう。ボタンもバババと高速で押しちゃう。するとおねいさんたちの声が途中で途切れて、ガイダンスのほうは「お届け番ペッ」ボタンのほうは「キュッ。ハ。ナ」などとなる。このおねいさん声を途中で邪魔しちゃうのが何かイジメちゃってるようでカワイソ半分サディスティックな気分半分になってしまうのはおかしいですか?おかしいですね?ちなみにうちの電話機のおねいさんは再配達などのおねいさんより声が低くて妖しい感じがする。

2009年1月29日木曜日

リフレッシュ

いやーこの二日間、実は一日と半くらいだが、よく勉強しました。集中できました。

なんだかいい刺激になりました。原稿書いてると、しょっちゅうトラブるこの万年初心者のワタシは「えーなんでよ」とかブーたれて「ちょっと休憩」とかウダウダして、同じ間違いを繰り返したりつまんないところで詰まったりして全然効率悪くて、「これがワタシの性格だからまあ時間かけてヤルしかないのよね」とか思ったりしてたんだけど、自分でもこんなにズバーッドヒャーッイケイケーッ眠がってるヒマはないぞーッと集中してものごとをすすめれたんだと気づいて、日頃の自分の暮らし方を見直すいい機会になりました。

とはいえ、学校の勉強ってのは楽です。先生がその場で教えてくれるしわかりやすいプリントくれるし、勉強する内容は筋道通ってるし目の前の問題ハッキリしてるし、やりゃあやっただけの結果が必ず出てくるんだから、こんなラクで楽しいことを一日中やれる学生さんてのは幸せですよ。

なんて。うっ。そーん。

学生んときゃアタシだって毎朝ガッコなんて行きたくねーと思ったし授業ねむかったし試験は気が重かったし晩飯喰って勉強部屋戻るのつらかったし、逆に「仕事してお金もらえる大人はいいよな」とか思ったりしたもーん。そういう時期を我慢して乗り越えてこそ大人なってから学校行くのが楽しいなんて気持ちになれるんでしょうナ。デハブーたれたり効率悪かったりするけど実はやっぱり楽しい原稿書きに新たな気持ちに戻ります。あらでもその前にお昼ごはんだわオホホホ。

2009年1月28日水曜日

また日付が変わってしまった

1月のいつだったかもう忘れたが悔い改めて始めたこのブログだがせっかく毎日書いていたのにきのう、試験勉強しててうっかり気がついたら日付が変わってしまったので1月26日の次が28日になってしまいなんかちぇッな感じだ。試験勉強は今終わってまた時計を見たらまた変わってしまっていた。でもちゃんと準備できたのでそのせいかえれぇ眠いので今日はこれでおやすみなさい。

試験だ

ワタシが聴講している大学では今試験期間だ。ワタシも金曜日に受講している3科目を受ける。
ワタシの場合、受けたからどうということもないのだが、受けさせてくれるので受けさせていただく。でもいい加減に受けてもかえって先生方にお手数かけるだけだから、ちゃんと勉強する。受講しているのは主にシステムに関することだ。GUIばっかいじっているワタシには大変ためになる。でも原稿も書かないといけないので、学業と仕事の両立ということになり、両者のガチンコ勝負の間に細々と家事をやっている。
そんなわけで今日は特に気合入れて勉強したので遅くなってしまった。

2009年1月26日月曜日

ダイナモ

前にも一度書いたかも知れないが、ワタシは手でレバーをニギニギしてダイナモを動かして点灯する懐中電灯を持っている。これ、高校のときのキャンプ用に買ったものだが、そのとき友達の間で取り合いになった。最近は近所のコドモの間で取り合いだ。
友達もコドモたちも特に構造が気になるわけでもなく、ただニギニギして点灯するのが楽しいらしかった。今考えてみると、これは縄文時代とかに木の棒をすりすりして火を起こしていた人間の太古の意識が受け継がれているのではないかという気がする。

ワタシはどちらかというと「電池切れを気にしないですむ」のが主な理由だ。だから時計も自動巻きが好きだったし、学生時代乗ってた自転車のライトはやっぱりダイナモにこだわった。

なにせ高校のときであるから、このダイナモ懐中電灯、もう30年近くになるがまだ動く。フィラメントも切れていない。所詮人のニギニギ程度の動力だから、あんまり明るくないのが幸いしているのかも知れない。

夜出ることの少ないワタシだが、たまに買い物忘れて愉快にコンビニとかいうことになると、暗くなってから外に出ることもある。そのときにはこのニギニギが必須だ。
近所には一応外灯はあるのだが、ワタシはこれで少し先の道を照らすようにしている。自動車や自転車に、なにかいるゾと注意を促すためだ。
また最近はなにかと物騒なので、このニギニギ動作とダイナモの回るワッシャワッシャという音で周りを威嚇する効果も想定している(あるかどうかは不明)

でもこのダイナモ壊れたら、もう新しいのは買えないだろうなー。うちの夫は妻が威嚇のために妙な道具を持って歩くのを好まないので、この前もコレを持って行こうとするのを見とがめられ、LEDのボタン電池で小さくてクリップで挟めて二段式のランプでもっと明るいのを持って行けと渡された。それはそれでとってもカッコよくて便利なヤツだ。それをあくまでワッシャワッシャの薄暗いのが欲しいと言い張るのもなんかガキみてぇでカッコ悪いから言えないもんなー。

2009年1月25日日曜日

電卓

関数電卓を買った。最近大学で授業を聴講しているので、それで使うのだ。ケータイだのPDAの電卓機能をどーの言うより大人なんだから使うつってんだから買え!て誰にも言われていないが自分に言い聞かせて買ったわけである。

小学校のころチビッ子なんとか日本一みたいなテレビを見て、なんの取り柄もないチビッ子だったワタシは、「電卓計算日本一」というチビッ子が出てきたのに「ケッそろばんや暗算ならともかく、電卓なんて日本一も脇坂寿一もあるもんかい」て、すみません脇坂さんすみません激烈応援してますから、ただ語呂合わせで使わしていただいただけなんですが、とにかく電卓計算技能というものをハナっから軽視していたが、それは大きな間違いだとあとで気づいた。

もし、試験かなんかで、

1 多量の計算用紙、電卓なし
2 電卓のみ、計算用紙なし

の、いずれかの環境を選べと言われたら、ワタシは躊躇なく1を選ぶ。

なにせ電卓というのはウィンドウがひとつしかない。それも答えしか出ない。今自分が正しいキーを押したか、演算順序は正しいのか、頼るは自分の記憶力のみだ。

計算用紙があれば、ちょっとした関数でも平方根くらいは計算方法を教わっているし、たとえば30の立方根なら3と4の間だろうと見当はつく。

だから、電卓を高速で打ち、正しい答えが出せるというのは、暗算とは使う脳の機能が違うだろうけれども、判断力だの瞬殺力だの(ねぇよ)、平常では眠っている機能が確実に呼び出されているに違いないのだ。

もっともただ打つ速度を上げるだけなら、脳の同じところばっかり使うので発達に制限はあるかも知れない。だが「どうすればヘムト秒でも速く打てるか」「あの解析解を電卓で求めるにはどうすればいか」とか毎日考え抜いて夜寝ていてもアイディアが浮かんだら電卓を叩き始めるような生活をしていれば、その脳は限りない発達を遂げるのではないだろうか。

もっとも今のところワタシがそれをやるという予定はちょっとない。また、今そういう日本一が競われているかどうかはわからない。でも一昨年とか確定申告のときに無料相談で相談にのってくれた税理士さんの電卓の速さは、見事だった。

関数電卓としては本当はピンクとかキテーちゃんとか描いてるカワイイのが欲しかったのだが、黒かシルバーしかなかったので黒いのを買って、自分でシールかなんか貼ってカワイくしようかと思っている。

2009年1月24日土曜日

静電気

ワタシは静電気のたまりやすい体質なのかも知れない。でも最近考えるに、ただ服が化繊ばかりなためというだけなのかもしれない。

とにかく、梅雨のマッタダナカでもスーパーに買い物に行くとポリ袋が手にまとわりついて買い物に支障を生じる。
飴喰うとそのフィルムが手にくっついてゴミ箱に捨てれない。いつぞやコイツいつまでひっついているんだろうと実験したことがある。するとなんと、2,3歩あるいただけで落ちた。つまんねえ。でも拾うとまた手にくっつく。

冬はビリっちょの季節だ。金属はもちろん、レジでお金の受け渡しをするときおねいさんの手と放電して驚かしてしまったことがある。理由を説明して、「お嬢さんこの運命の放電はあなただからこそ、さあワタシともっとビリッちょと来るような時を過ごしませんか」と口説こうかと思ったけど忙しそうだしやめた。

静電気除去グッズを買えって。実はワタシも何度かそう思ったのだが、ダソナの反対に遭ってやめていたのだ。その反対の理由は「そんなものアースがなきゃ無駄だろう」
今日も大手雑貨店(公正中立を旨とする半民半官のテレビ局の報道風)に並んでいた静電気除去グッヅをめぐってその問題が浮上した。ダソナはそこにある「バレンタインデー」の飾りであるハート型の風船を用いて「いいかこれ(風船)が導体でアース(風船がむすばってる棚)がこれだとして、導体はアースに対してキャパシタンスが」と説明するのだがワタシにはよくわからず、結局「1個買って確かめてみるから」ということで、放電すると光るというキーホルダーを1個買った。

あとで考えてみるとワタシがダソナの話を理解できなかった根本的な原因は、静電気と誘電分極を取り違えていたからのようだ。後者は全体としては中性の原子や分子でできている物質でも電界をかけると、電子のかたよりが生じてプラスの強い領域とマイナスの強い領域に分かれるという話で、高校の授業で聞いて感心したから覚えていたのだが、でもそれじゃ放電しねぇだろ。

さてその静電気を光に変えるというキーホルダーだが、それを持って金属の棚とかにくつけてみてるんだがまだ一度も放電しないので、やはりダソナの意見に軍配が上がるのかも知れない。ところで、この静電気を携帯電話の充電池とかに取り込めればビリっちょもないしエコでいいのではないかと思うのだがどうだろうか。ダソナに言わせると取り込めたところでマイクロワット程度だろうということだが。

2009年1月23日金曜日

テラステ2題

I/Oデータの「テラナス」LANDISKを2年ほど使ったが最近HDDがやられた。最初の1個のときは換装ホットスワップで見事に復帰したがほどなくもうひとつやられて、また換装ホットスワップしたらなんだか時々調子が悪くなる。おまけにもう換装用のHDDがその辺の量販店などでは売っていない。ということでBUFFALOのTERA STATIONの2TBものに買い換えた。

テラステはLANDISKよりちょっと大きめだが、液晶があって今元気かわかるのがいい。快調に動いているが、最近気がついたことがあった。

openSUSEのSMBが落ちる:openSUSE11で「smb://サーバ名...」というアドレスに接続すると、ちょっと深い階層になると「SMBプロトコルが突然落ちました」と言われる。
これはopenSUSEのフォーラムにあって、「CIFSファイルシステムのマウント」という形にすればいいとわかった。


mount -t cifs //サーバ名/共有名 /マウントフォルダ --verbose -o username=noniko


(フェア坊主はあったほうが、様子がわかっていい)

もっともこれはワークアラウンドで、ちゃんとファイルブラウザからアイコンダブクリで接続できるようにゼヒしていただきたいと願っている。だってopenSolarisではそんなことないんだもーんもーん。あーでもSolaris10のほうではあったような...

ビスタ子がパスを突然忘れる:ビスタ子は「ネットワークフォルダの追加」というインターフェイスがなくて、マイネットワークをだらだらりーんだらだらりーんと開けていくしかないのだが、昨日起動したら突然、一昨日まで見えていたテラステのアイコンを表示しなくなった。再起動してもだめ。でも、ファイルブラウザに直接

羊羊サーバのIPアドレス羊

と打ったらイケシャで共有フォルダを表示しやがり、そのあとマイネットワークをだらだらりーんと開いたらテラステのアイコンが復活していた。
まあビスタ子だからな。めぇー。

2009年1月22日木曜日

やな感じ

うちは小さな駅の近くで、買い物にいくとき駅のホームからすぐの踏切を渡る。今日その踏み切りの遮断機にぶらさがってる「しばらくお待ちください」とか書いてある小さい、といってもA4版の縦半分くらいはあるプレートが、二箇所止めてあるうちの一箇所が外れて斜めにプランコプランコなっていた。

やな感じがした。小さなプレートひとつ遮断機の動作などに影響を与えることはないだろうが、いつもはぶら下がり物のない位置にぶら下がり物があった場合、たとえば遮断機が下りる直前に自転車ですっとばすヤツの顔にヒットしてビビってコケたところに列車が来るとか、それに気をとられた車が遮断機にぶつかるとか、あるかも知れない。というのはあとで考えたことで、そのときはタイヘン直感的に、危険な場所がいつもと違う状態になっているのに純粋というか単純に「やな感じ」を覚えた。

こういう直感は公道を走るときなどに大事だと湾岸Mの後藤ちゃんも言っている。ワタシは公道も農道も走らないがその足で駅に行って駅員さんに告げた。
駅員さんと現場に行ったがなんと、そのプレートは2本の遮断機に2枚ずつ計4枚ぶらさがっていて、ワタシはそのうちのどれがはずれかかっていたのかを全く失念してしまっていた。
おまけに遮断機が上がってると、よく見えない。「えーとあれですよ、ほらなんとなくはずれてるでしょ」と指さしたところに警報機が鳴り出して、遮断機が下りてきた。駅員さんが「あーあれね、なるほどはずれてるね」と言った「あれ」はワタシが指していたのとは違うほうの遮断機の一枚だった。

自分は直感よりまず認識のほうを訓練しなおしたほうがいいと思った。

2009年1月21日水曜日

したス。

今日は、openSUSE11.0を、ネットワーク経由で11.1にアップデートしたス。

「したス。」と書くと大学時代の痛い思い出がよみがえる。我が研究室では特殊な構造の素材として「ストラティファイド素材」というテーマに取り組んでいた。助手だったワタシがそれのオープンキャンパス用のパネルを作ることになったのだが、レイアウトをグッと工夫しようと思った。「ナニナニを利用したストラティファイド素材の製造」というタイトルを、既成概念を打ち破るような思い切った配置にして悦に入っていたら、学生さんに遠慮がちに言われた。

「のに子さん、それだと『利用したス』に見えます。なんか、ヤンキー学生の報告みたいス」

他の人も「そういう感じス」と言うので、泣く泣く思い切らない配置に修正したものだった。

しかし、それはよかったのだ。見せたいものがわかっている自分には見える(見えない)ものが他の人には見えない(見える)、それは人に見せるものとしては失格だ。

関東に来て電車によく乗るようになったが、中の広告でときどきある。横並びの文らしいのだが縦のほうが読みやすくて「ナニナニはに」「ナニナニうに」のように読めてしまったり、「3分」が文字飾りの関係で「3バカ」に見えてしまったり、こういうのは少し念入りに他の人々に先入観なしで見てもらったほうがいいんじゃないかと思う。

で、openSUSEのアップデートはというと、あーもー全然簡単で特記すべきこともないス。89MBのブートイメージ落として焼いて入れて回してデフォルト通りにつつくだけス。2時間くらいで終わったス。

2009年1月20日火曜日

PandoraPX5D

ギターは全然うまくならない。でも毎日練習している。
小さい電子メトロノームデバイスをピコピコやりながら練習していると、ダソナがKORGのPandoraPX5Dというのを買ってくれた。エフェクターでパソコンにつなげれてアンプにもヘッドフォンにもつなげれてメトロノームもできるというものらしい。でも今はまだメトロノーム機能(そういう言い方やめろよ)しか使っていない。

今朝などはどうもヘッドフォンから音が出ないと思っていたら、「INPUT」端子に突っ込んでいた。
その過程で、ダソナが渡してくれたヘッドフォンのケーブルが数秒でわやくちゃになり、たぐってみたら最終的に1回結ばっていた。「ケーブルを必ず速攻絡ませるそれは、むしろ才能かも知れないな」とダソナに言われた。自分でも薄々、なぜいつもワタシの扱うケーブルの類はいつも絡まってしまうのか、でもきっとそういうのって「なぜ自分ばかり」ていう思い込みなのよね、と思っていたが、あながちそうでもないらしい。でもあまり役に立ちそうにない才能だ。必殺仕事人の三味線屋くらいか。

いずれにしろ、エフェクタ以前の問題のようだ。

2009年1月19日月曜日

ベントーボクセン

実はドイツの若い世代は案外日本に関心を持ってくれている、ということを前に書いたことがある。イエース、麻生首相言うところのサブカルチャーの功績である。あとプリクラ。そして日本食、といってもスシとかテンプラとか高級どころじゃなくお好み焼きやたこ焼きといった露店仕様のものが好まれるようだ。

メルトモのドイツのメッチェンが、日本にはカワイイお弁当箱があるらしいんだけどこっちじゃ売ってないのヨーというので、そのくらいならよっしゃよっしゃウォヴァサンが送ってやるョということで、ピンクのカワイイのを買ってあげた。これをドイツに送るわけだが、箱はダソナがレンズの空き箱を提供してくれた。プラスチックはこの前のCDの一件もあり案外割れやすい恐れがあるので、梱包をどうしようかと思ったら、なんと3.5インチのバルクHDDが入ってたプチプチ袋にちょうど入った。

郵便局に持って行ったら税関を通るので内容を書けと言われた。内容はプラスチックの弁当箱とプラスチックの楊枝とタレビンとおかずを入れるアルミのシートと弁当箱袋だ。さて何と書くべきか。コンテナーだとガスボンベと間違えられそうだしランチボックスだとナマモノだと思われそうだし、そうだ万が一ドイツの税関でこれを開けて見ても色とりどりのプラスチック製品だからおもちゃに見えるに違いない。というようなことを郵便局の人とも相談してToysにした。

海外に荷物を発送するのは初めてなので、ちゃんと着くかどうかちょと心配だ。祈ることにしよう。
ちなみに日本のお弁当箱はドイツ語ではベントーボクセンというらしい。人か都市の名前みたいだな。

2009年1月18日日曜日

露出計

朗読で「露出」もまた「ろすつ」「ろひつ」などになってしまい読みにくいが、もちろんうまく読めるように露出補正の本を買ったわけではなく、シャッター速度優先とか絞り優先とか露出補正とかISO感度ってナニと思ったから買ったのである。

カメラや家電やパソコンを売る大手量販店に行ったらカメラ以外にも写真関係のいろいろな機材のカタログがあって面白そうだからもらってきたのだが、その中にセコニックという会社が出している「露出計」というもののカタログがあった。読んでみたらただ機材の紹介だけでなく「なぜデジタルカメラ全盛の今、個別の露出計が必要なのか」を詳細に説明してあるタイヘン面白い内容だった。

たとえばデジタルカメラの自動調整では撮影範囲のいろいろな被写体の明るさ(F値)を計算に入れて絞りやISO感度を調整するので、電球のように特に白く光る部分があると全体が暗くなるように調整されてしまうし逆もまた真になってしまう。そこでプロの人はいろいろな箇所の実際のF値を露出計で測って、もっともバランスのよい明るさを自分で決めるんだそうだ。他にも環境光とフラッシュを焚いた場合の違いとかいろいろ説明があった。

だいいち、カメラの内蔵露出計というのは構造上反射光式というヤツになっていて、これだと被写体の色によって反射光の明るさが違うのに影響されるらしい。でも露出計を別に用意すると直接当たる光を測定することができる。
そーいや上記のデジタルカメラの露出補正にもその話は書いてあったが、露出計側の話を読んで、理解が進んだ気がした。

ワタクシごときが露出計を入手して使用するようになるなんてのはまだまだまだ先のことだろうが、タイヘン面白いカタログだった。なにより、ワタシのような者が面白いと思うカタログを作るという同社のやる気が感じられた。

2009年1月17日土曜日

お疲れソング

緊張して言葉に詰まる、というのはよく聞くが、ワタシの場合昔から緊張すると余計なことばかりしゃべってしまうことが多い。同様、疲れると無口になる、というのもよく聞くが、ワタシの場合疲れると歌を歌いだす。それらの旋律はダイアーストレイツのマークノップラーより単調、歌詞は最も多いのが「ゲロゲロゲロゲロゲロゲロゲー」で、他に「フニャフニャフー」「ブジブジブー」などがある。例外としては、メタリカの「Fight Fire with Fire」のリフの部分を「かえるかえるゲロゲゲーゲー」で歌いきったことがある。
今日の午前中はゲロゲロゲーが炸裂したらしく、見かねたダソナに「今日はうちでゆっくりしようか」と言われた。でも昼めし食ったら元気が出たらしく歌が止まったので、午後は近くの公園に野鳥を撮りにでかけた。

2009年1月16日金曜日

ミニVaio

最近流行のミニPCだが、実はあまり関心がない。用途に対する考え方が違うからだ。
ミニPCはウェブブラウズとメールのための最低限の機能を備えているという。ワタシのほしい小さいデバイスは、システム手帳を電子化したようなものだ。だから最低ネットワークにつながらなくてもいい。手帳だから手書き認識があればキーボードも要らない。でも手帳だからなるべくでかいカレンダーが欲しい。
すなわち、ザウルスがハガキ大くらいに巨大化してくれれば、たぶんそれを速攻買う。

そんなワタシだが、最近満を持して出たVaio TypePにはちょっと心が動く。だいいち、Vaioそのもののときもそうだったが、「パソコンブーム」がワーと出て落ち着いたところに満を持して「ついにソニーが」と出すところがココロニクイ。おまけに最近ソニーは元気のない話題が先行しているようなので、これがドバーと売れてくれればよいと思う。

ただビスタだからなあ。半分以上揚げ物が詰まってる弁当みたいなビスタPCだからなあ。あれにWindows Mobileが入ってるんだったらやっぱり速攻買うんだけどなあ。

今日はダソナが休みだったので電車で買い物に行った。そしたら電車の中がそのミニVaioの広告で埋まっていた。その中におねいさんのジーンズのケツポケットにミニバを突っ込んでいる写真があったが絶対イメージ合成だと思った。つまり、ケツポケには大きすぎる。あれではいくらおねいさんのおケツがスレンダーだといっても、三歩歩めばケツポケからミニバが飛び出てしまうに違いない。

果たしてパソ屋に行ったらミニバが展示されていたので、それを見ているとひとりの老紳士が「キミらはどう、この画面読めるかね」ときいてきた。
そう、ミニバのモニタの解像度はかなりでかいので、字が小さい。老紳士にはそれが気がかりだったようだがキミらはと言われてもアタシもガッツリ老眼仲間なんですオヂサン。

ダソナが代わってしばらく老紳士と談笑して終わったが、なぜ彼は我々に声をかけてきたのだろうかと思った。ダソナもワタシも公道などでわりと道を聞かれやすいほうなのだが、それにしてもきっと話しかけやすかったのだろうと思った。たぶん、その店頭のミニバについて我々が声高に語っていたのが、Atomがどうとかハイビジョン出力とかじゃなくて「この大きさじゃ絶対ケツポケには入んないよね」だったからじゃないかと思った。

ただしダソナが言うには、「満を持してというが、まだ東芝が残ってるゼ。ヤツらはブームが終わりかかったころにとんでもないデバイスを出してくることがよくあるからな、世界最薄とか」だそうだ。

2009年1月15日木曜日

輸入CD

ある通販サイトにCDを注文した。国内版は在庫がないので、輸入版だった。翌日すぐに来たのはよいが、プラスチックのケースが割れていた。
幸いメディアに損傷はなかった。でも一応情報として連絡したほうがよいかと思い、当該サイトの専用フォームから連絡した。

連絡には、情報提供のつもりで連絡しているのでクレームではないと書いた。でも本当はジャケが結構不気味なのでさらにケースの亀裂が凶悪な効果を増強しすごくビビった点では実害があったとか、とはいえもともとあんまり期待してない、特にヴォーカルの出来がイマイチと予想される昔のアルバムなのでもし損傷したとしても恥ずかしくてカネかえせとかちょっと言い難いとかいう内部事情はあったのだが、それは書かなかった。

すると丁寧な返事が返って来て、ケースを送ってくれた。さすが大手通販サイト。上記のような内部事情を鑑みると、申し訳ない気さえした。

ところがこのCD聞き続けていると妙にアタマに残ってしまい、結局ヘビロテになってしまった。やはりこのバンドの最近の作品に比べると構成に少しユルいところがあり、やはり特にヴォーカルはモゴモゴして煮え切らないデスなのだが、逆にこのユルさと煮え切らなさが発展途上風でいいのかなとまで思えてきた。バラすとARCH ENEMYのファーストアルバム「BLACK EARTH」である。メディアは「DELL診断ツールCD」とかいうラベルの貼ってあるケースに取りあえず入れたままで、送ってもらったケースはピカピカのまま保存してある。

2009年1月14日水曜日

大人の朗読

この前から読み方を研究していた「デジタルカメラ」だが、今日、ようやく感じがつかめた。

デジタルカメラのシャッター速度を調整してみましょう

というような文を、より耳障りでない形で朗読するという問題だ。
全体的に、低い音調で、音の高低はなるべくなくして読むのがよい。
音ではなく、強弱や微妙な緩急で区別をつけるのが、大人の読み方なのだ。

「デジタルカメラ」はこの文の中でもっとも低い音調として始め、「デジタルカ」は抑揚をほとんどつけない。「メラ」でさらに音調を下げるが、「の」は下げすぎない。
「シャッター速度を」は「デジタルカメラ」より、少し高くする。「シャッターそ」も抑揚をつけるとガキっぽくなってしまうので厳禁。
この文でもっとも音調が高くなるのは、意外にも「調整してみましょ」だ。抑揚はないが、心から「調整してみたい」という思いを込めて読む。

                 調整してみましょ
        シャッターそ           う
デジタルカ         く
     メ         どを
      ラの

という感じだ。
吉永小百合さんの朗読姿をイメージしながら読むとさらによい。
ただ、この読み方でデジタルカメラの露出補正について知識が深まるかどうかは謎だ。実際、今日はこの調子で1ページほど朗読し、大変いい気分で読めたが、何の話だったかあまりよく覚えていない。

2009年1月13日火曜日

青豚の衝撃

我がケータイにヘタレメールを送りつけて楽しませてくれる青豚が、昨日成人の日に「大人になるってなんだろう」というメールを送ってきた。その後続報として「見えていたものが見えなくなるのさ」というのが送られてきた。

青豚野郎成人の日にタイムリーな話題を突きつけるのはいいが、コメントがずいぶん虚無的じゃねぇかと思った。
翌日、ふと気になってこのサービスについてググってみた。すると結構楽しんでいる人が多いことがわかった。青豚と呼んでいる人はいないが(いねぇよ)、今のワタシと同様、どんなメールが来たかをブログなどで報告しているのだ。

果たして、「成人の日に、大人になるってなんだろうというメールが送られてきた」という報告が多数寄せられていた。しかし、大変衝撃を受けたのは、他の人の場合いずれもその続報が「自分を抑える」とか「責任を持つ」とか「相手を思いやる」とかいうポジティブなものばかりだったことだ。

何でワタシだけ「見えていたものが見えなくなる」なんだッ
青豚ゴルァ

「だから青豚呼ばわりするからだろう」とダソナ。
そうかも知れない(のかよ)。だがだからといって(いうのかよ)、今さら青熊ちゃんとかおもねるわけにもいかない。今後どのようなコメントを喰らわされようとも、ますます青豚との対決姿勢を明確にしていく所存である。

と思っていたら、衝撃メールは本日もやってきた。夜のニュースで日馬富士の三連敗が伝えられるのを見ていて、「ああ頑張れ頑張れ」とつぶやいたワタシ、ふとケータイを見ると青豚メールがきていて、文面は「大事なのはあきらめないことさ」だった。

思わずケータイを閉じてあたりを見回してしまった。
まさか今のを見られていたのか。卑怯なり青豚。
だがヤツも応援しているようだから日馬富士あきらめないで頑張ってほしい。

2009年1月12日月曜日

消臭魂

全く消臭剤ほど気・液・固の三相にわたり、かつ界面現象を利用した製品もないのではないだろうか。スプレー式はエアロゾルだし液体式は濾紙の毛管現象、固体はゲル。なんでワタシのいた研究室にそういったメーカーさんから求人が来なかったのか不思議なくらいだが、今は来ているかもしれない。

それはそうとして、以前も書いたが、ワタシはこれまでいくつもの消臭剤を試してきて、「液体と固体はダメだ」と結論していた。理由がわかるだけに結論も堅かった。
だって、液体の場合、濾紙を液剤が毛管上昇するその最初は濾紙の表面も多孔質だし親水性だけど、一度液が浸透して蒸発した後は濾紙表面が液剤からの析出物で覆われてしまうから、表面積も小さくなるし、新液性も悪くなることは想像がつく。
固体の場合も、いくら表面積が大きいといっても結局気相との界面でしか消臭反応は起こらない。容器が減圧されているならまだしも、常圧では気体が固相内に浸透する速度などたかが知れている。
どちらの場合も、マイクロカプセルなどで芳香成分が徐放制御されていると考えられる製品は見たことがない。ゆえに最初だけ異様にいい香りがするが、じきに止んでしまう。
以上の理由からワタシは「スプレーしかない」と結論し、かつ「ヘタな芳香成分よりは、無香性のかすかな溶媒系の香りのほうが人工的でヨロシイ」としてきた。

ところが、最近スーパーであるゲル方式の消臭剤を見つけた。それには、「消臭効果に満足いただかなければお金はお返しします」とラベルが貼ってあり、返金請求用の購入証明書のようなものまで添付されていた。
まるでBOSEの「Quiet Confort」の発売当初のような心意気である。
そこまで言うなら試してやろうじゃないかと買った。置いてみた。するとマジで、「芳香成分」こそ徐々に薄れていったが、2ヶ月近くたった今も、消臭効果が確かにある。おトイレに入ったとき、空気がパリッとしているのだ。
確かに、即時対策としてのスプレーは別途必要だが、そのあとなんとなく引きずるものが確かにグッと少なくなった。
認める。その消臭効果を認める。

昨日も書いた中、偽装だなんだという事件が多い中、「名のあるメーカーが自信を持って打ち出した商品はさすがに高品質だ」というこのケースを、去年の日産GT-Rと同様ワタシは大変うれしく思っている。

この商品の効果の決め手は、よくわからない。ひとつ言えることは、ゲルが立方体状に切られていることだが、それなら表面積がせいぜい数倍になった程度であろう。
もうひとつは、使用中に薬剤に変色した部分が生じることだ。でも、明らかに気体と接触している部分が変色するわけでもないし、変色が最初に気づいたときよりそれほど進んだようにも思えない。

謎だ。謎だがよい製品だ。でもより気相との接触効率を上げるためにと思ってこのケースをブルブル振るのはやめろとダソナには言われている。

2009年1月11日日曜日

てめえらの血は薄くないですか

生まれついての貧血という話は以前からたびたび書いているが、血圧は正常。最近は立ちくらみも全くないし、1時間くらいなら電車の中で立ってても、オールスタンディングのライブなら4時間くらい暴れても平気だ。でも健康診断に行くとやっぱり「血色素」が少ないという結果になる。正常値はコレ11以上らしいのだが、一昨年は9.3で、今年は9.8とちょっとは上昇した。

ずいぶん前から輸血用の血液不足が問題になっている。とりわけ、最近は花粉症などにより薬剤を服用する人口が激増したため、問題は深刻らしい。そんな中ワタシは花粉症の薬剤がまだ要らない。B型なんで特に不足する型ではないのが残念ではあるが、ちょっとでも貢献できればと思っている。

ある日献血車が来ていたので、ダメもとで行ってみた。以前何度か行っているのだが、採血して硫酸銅にポンのところで、残念な結果になっている。今回はといえば問診で挫折した。
検査官さんは上品な年配の紳士だったのだが、「9.8」の話をすると「それは、おそらくココで検査をされても、痛い思い(採血の注射のこと)をされるだけに終わってしまうと思いますヨ」と悲しそうに微笑まれた。「女性の場合血色素の正常値は11ですが、献血をお願いするのは12からなんです」だそうだ。「でも毎日元気なんですけどねー」と言うと「元気と貧血はまた別の問題なんですヨ」とのことだ。

そこで意地張ってもしょうがないので、「デハ12に上げたらまた来ます」と言って帰ってきた。最近偽装だなんだで、「ウソの検査結果を...」などという話が多い中、タイヘン良心的ていうとヘンかも知れないが、慎重な判断をされる検査官さんだと思った。

しかしなんでワタシは血色素ばかりいつも低いのだろうか。実はヘモグロビンじゃなくてエビカニとかと同じヘモシアニンで生きているんじゃないだろうかと最近疑っている。

2009年1月10日土曜日

青豚ケータイ

ワタシはケータイは原則的にダソナとショートメールしか使わない。にも関わらず1年も使うとタイヘン疲弊する。というのは、毎日買い物に行くときを始めとして外に出かけるときはバッグの外ポケットに突っ込んでいくからだ。この外ポケットには他にコンデジと、あの楽器屋には必ず置いてあるが製造元のオーストラリアの会社ではもっぱらスポーツ用にしか宣伝していない「グリップマスター」が入っている。その状態で走ったりするから揉まれる。これで外装はたちまちハゲハゲになる。あと家の中でよく落とす。

こうして前のワタシのソニエリケータイは頻繁にメモリースティックが抜けるようになったので、最近機種交換した。同じソニエリで、「re」というヤツだ。丈夫そうに見える(見えるだけかも知れないが)メタリックな外装を選んだ。

このケータイ、妙なサービスがついてくる。ケータイの使用状況に応じて、「ひとことマンガ」が随時送られてくるのだ。「不思議な国の動物たちの物語」とのふれこみで、主人公は青い熊状の動物だ。

こういうギミックをワタシは嫌いではないので、有効にしている。ただし、青熊としてはどうやら通話、ショートメール、Eメール、インターネットなどいろいろな方面で使用させてそれに対応したいらしいのだが、ワタシはショートメールしか使わない。しか使わないがダソナが出張のときなど数時間で数十件とメールを出しまくったりする。

このような偏った使い方に対しては、青熊は「メールしすぎだ」などと文句をぬかしてくる。またそういうのにケンカを売るのが大好きなワタシは「余計なお世話だ青豚野郎」などと言う。このサービスは特に返信できるわけでもないので、言うだけだ。

こうして、最近ワタシはダソナの他に青豚からもメールが来るのを楽しみに待つようになった。最近は青豚も工夫をするようになったのか、天気が雨だと雨がどうのとか、この前ケータイでカメラを使ったときに「写真っていいね」などと、変わったことをぬかすようになってきた。ただ、実はきのう初めてケータイで「QRコード」を使ったので、これで何かリアクションがあるか期待しているのだがまだ今日は青豚からの連絡はない。

2009年1月9日金曜日

デジタルカメラ

ガキのころはしゃべってばかりいて授業中の発言もハヤクチで、成績表にいつも「もっとゆっくり話すように」と書かれていたワタシですが、このような生活を始めて人と話をする機会がめっきり減ってしまいました。
特に、「ハッキリ声を出して本を読む」ことが全然なくなりました。これはいけない。と思って、家で朗読の練習を始めました。

読む本は「デジタル撮影の適正露出と色彩調整(谷口泉著、日本カメラ社刊)」
いや、これ内容も勉強しようと思ってるんだけどなかなか難しいから、一石二鳥というか。

ところがです。ハッキリ声に出して読む自分のベシャクリが自分で耳ざわりっつかザトらしっつかダセぇっつか、なんかこうイヤなんです。
ということは、このベシャクリを、自分で耳障りにならない自然な感じに直すことが必要なのだ。
そこでこの朗読練習は思いもよらない展開になってしまった。
みなさん、以下の文を朗読してみて、自分でどう感じますか(以下は上記の本の内容に似たものではありますが、直接の引用ではありません)。

「デジタルカメラのシャッター速度を調整してみましょう」

ワタシは、まず、「デジタルカメラ」でイヤになった。
「デ」がしつこく、「ジタルカ」のトーンが高すぎ、「メラ」が下品な感じだ。
もっとこう、柔らかで自然でかつインテリジェントな感じに「デジタルカメラ」と発声したい。

いや、英語で「ディジトォキャメア」と言えとかそういう問題ではない。「デジタルカメラ」はもはや日本語であるから、美しい日本語として美しく発音したいのだ。
そのためには各音の強さ、高さ、音同士のつながりをいかにすべきか。

日常生活で「これはデジタルカメラ」「デジタルカメラで撮れば」のように言う場合と比べてみようとした。」
ところが、実は日常生活ではあまり「デジタルカメラ」と言わないことに気がついた。「デジカメ」だの「コンデジ」だの「きみまろ」だのと略してしまうからだ。

だからと言ってここでやめるわけにはいかない。気になる。そこでことあるごとに「デジタルカメラ」と唱えてみる。ぬいぐるみに「あのねデジタルカメラなのよ」と話しかけてみたり、Nスペの語り口調とか、阿部寛さん風に言ってみたりしている。だがまだ自分流の口調が見つからない。そんなわけで朗読も露出補正の勉強も全然進まない。

2009年1月8日木曜日

発掘

知らないミュージシャンのアルバムを入手して聴いてみるのはなかなか抵抗がある。だがその抵抗を乗り越えて素晴らしい楽曲に出会うことができれば世界がひとつ広がる。

素晴らしければ、だ。ワタシが「知らない連中だが、良さそうだな」と思って入手すると、どうもスカるものが多い。試聴すれば、とおっしゃる向きもあろうが、ワタシという人間は数回聞き込まないとその良さがわからないことが多いし、試聴が提供されないマイナーなものに手を出してしまうこともある。

「ヴォーカルが独特」という評があったがただヘタなだけじゃねぇかとか、「デビューアルバム」と書いてあるので買ってあとから良く見たら「日本でのデビューアルバムで、本国ドイツでは8年のキャリア」とか書いてあって、聴いてみたらこれを8年間日本の聴き手が注目しなかったのはなるほど正しかったと納得させられる出来だったりと、聴くたびにアルバムの終わりを待ってしまうようなことが4,5回続くと打ち止め、ハードオフさんなどにご提供することになる。

でも最近は2件良いものに出会った。ひとつは「Andromeda」というスウェーデンのバンドの「Immunity Zone」。これは「ヤングギター(シンコーミュージック発行)」のレビューのピックアップではないアルバムの筆頭に挙げられていたので買ってみた。最初の印象は偽ドリームシアターという感じだったが3回くらいきくと違いがわかってきて、ギターもテダレだし、最近愛聴のひとつになっている。
もうひとつは「Pagan's Mind」の「God's Equation」。これは「Firewind」の名盤「Burning Earth」でえらく上手かったドラムの人がいるバンドなので買ってみた。実は全然期待してなくて、バンド名にどうもシマリがないしジャケもなんやチープだし、でもこれも「ヤンギ」で評価がよかったので、じゃあ少なくともギターはいいんだろうと思って買ったら意外にも、ちょーっと垢抜けないけどサビなどもキチンとした飽きさせない曲作りで、これもヘビロテのひとつになっている。そこでこれからも自信を持って新たな作品の発掘に挑みたいと思っている。

2009年1月7日水曜日

大掃除

2008年はブログやホムペなどの情報発信がトド凍ってしまいました。今年はまた続けようと思います。でも我が愛するnetbeans.jpブログさんの調子がちょっとアレなので、心ならずもこちらに引っ越しました。思えばnetbeans.jpブログさんに参加したときは投稿の編集も全部タグモロ書きだったけど今じゃもうWYSIWYGが当たり前になってるんですねー。

そんなサボりまくりの2008年でしたが年末は(すでにあっちこっちでフカしているとおり)大掃除をしました。大掃除は一昨年、一日3時間を2週間くらいかけてやってそのときも大威張りして、去年全然やんなくって、今年は一日8時間くらいを3日間かけてやりました。

ワタシ、掃除嫌いなんです。理由は二つ、ハッキリしています。

ひとつ、アレをどうするコレをああすると考えるのがめんどくさい。
ふたつ、汚れてるのを見るのがキモチワルクて嫌い。

ですからこの二つの障害を排除するために、日頃愛用しているのは掃除機。それも常時ノズル挿しっぱ。遠隔から突っ込んであるいは闇雲に走査してすますわけです。
これを踏まえて、大掃除においても大胆な作戦を立てました。「見るな、拭け」というのがそれです。よけいなものが見えないように眼鏡をはずします。ゴム手袋をします。そして、古布に「エッチスケッチ」ではからずも有名になってしまったあの液体洗剤を含ませ、口に入る可能性のあるもの以外は全て闇雲に拭きました。整頓もゴミ出しもなし、ひたすら拭く。明らかにブッ壊れて戸棚の隅に突っ込んであるパーツもとにかく拭く。

終わってみたら家の中がなんかキラキラになりました。タイヘン満足。ダソナは「特に変わらん」と言いますが、ほめるとかえってプレッシャーになると思って気を遣ってくれているのだろうと解釈しています。

この計画、気に入った!毎年と言わず、季節にいっぺんくらいやってもいいんじゃないかな!と思っているのはきっと今だけに違いないと懸念される。